大阪地方裁判所 昭和45年(ワ)456号 判決
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〔判決理由〕二、損害
(一) ハツエの逸失利益
(1) 就労不能および共済年金、扶助料喪失による逸失利益
三、九八〇、〇〇〇円
<証拠>
ハツエは事故当時満五五才の健康な女子で、大阪市清掃局に現業員として勤務し、一ケ月七六、〇〇〇円を下らない給与を受けていたこと、同女は本件事故に遇わなければ約一ケ月後の昭和四三年一〇月末日をもつて同局を定年退職し、その後は知り合いの経営する喫茶店に掃除婦兼雑用係として勤務し一ケ月二五、〇〇〇円の給与を得る予定であつたこと、および同女は右退職後死亡に至るまで共済組合から年額二八五、〇七二円の退職年金を、退職時から昭和五八年三月までは年額一一二、一七八円、同年四月から死亡に至るまでは年額一二〇、〇九六円の恩給法にもとづく公務扶助料を受給することになつていたが、本件事故による死亡のために受給権を喪失し、本人死亡の場合遺族に支払われるべき遺族年金も受給資格の該当者がいないため右年金および扶助料は全く支給されなくなつたことが認められる。
ところで、厚生省発表の第一二回年令表によれば、満五五才の女子の平均余命は22.54年であることが認められ、以上認定の各事実によると、ハツエは右平均余命の範囲内で昭和四三年一〇月三一日までは大阪市清掃局において、同局退職後もなお八年間は就労可能で、その間少くとも月二五、〇〇〇円を下らない勤労収入を得ることができたはずであり、年金および扶助料収入をも含めると、同女は昭和四三年一〇月三一日までは月額七六、〇〇〇円、同年一一月から昭和五一年一〇月までは年額六九七、二五〇円、同年一一月から昭和五八年三月までは年額三九七、二五〇円、同年四月から平均余命期間の満了時である昭和六六年三月までは四〇五、一六八円の収入をあげ得たものと推認される。そして同女が右収入を得るために要する生活費の額は同女の家族構成等諸般の事情を考慮すると前記収入の二分の一と認めるのが相当であり、以上の認定事実を基礎に年毎ホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除してハツエの勤労収入および年金収入等の喪失による逸失利益の本件事故当時の現価を求めると三、九八〇、〇〇〇円(一〇、〇〇〇円未満切捨)となる。
算式
1. 76,000×(1−0.5)=38,000
2. 697,250×(1−0.5)×6,588
=2,296,741
3. 397,250×(1−0.5)=4,059
=806,218
4. 405,168×(1−0.5)×4,165
=843,762
なお、原告らは退職年金および扶助料から生活費相当分は控除すべきではないと主張するが、逸失利益の算定にあたつて生活費を控除するのは、被害者が死亡した場合には、被害者は、将来得べかりし収入を喪失すると同時に右収入を得るために支出したはずである生活費の支出を免れることになるから、これを控除しなければ衡平を欠くことになるからであり、右生活費を労働のための必要経費に限定しなければならない根拠はない。したがつて、右金および扶助料が生存を条件として支給されるものである以上生存を維持するための衣食住を賄うために要する費用は、右年金等の支給を受けるために必要不可欠な支出であり、右支出を免れたことによつて得る利得は、損害発生に直接関連し、かつ、その損害に対応する利得であるから、これを年金等の額から控除するのが相当である。原告らは、就労可能年数経過後死亡までの間の生活費の控除をしない実務の取扱いとの矛盾を主張しているが、就労可能期間経過後において被害者の生活費を負担すべき扶養義務を免れた利益と就労可能期間中の稼動収入との間には前記のような直接の関連性がないばかりではなく、第三者による扶養もあり得るから、その取扱いを異にしても公平の原則に反するもものではない。さらに原告らは共済組合退職年金および公務扶助料は積立金の返還としての性格を有するから生活費を控除するのは相当でない旨主張するが、退職年金の資金の一部が受給権者の積立金からなり、退職年金が右積立金の返還としての一面を有することは否定できないが、退職年金の支給が生存を前提とするものである以上、右のような性格は生活費控除の適否の判断に何ら消長を来すものではない。
(2) 退職金の減少による逸失利益
一、三二一、九二二円
ハツエは、本件事故に遇わなければ昭和四三年一〇月三一日をもつて大阪市清掃局を定年退職する予定であつたことは前認定のとおりであるところ、<証拠>によれば、ハツエが予定通り定年退職していたならば大阪市職員の退職手当に関する条例第四条の整理退職等の場合に当るものとして同条の定める高卒の支給率により二、八八七、六四〇円の退職手当が支給されるはずであつたところ、定年前に本件事故による死亡したため公務外の死亡による退職として同条例第三条の定める低率の支給率が適用され一、五六五、七一八円の退職手当しか支給されなかつたことが認められる。したがつて、ハツエは本件事故によつて右退職手当の差額一、三二一、九二二円に相当する損害を蒙つたことになる。
三、過失相殺
<証拠>を総合すると、本件事故の状況について次の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
本件事故現場道路は、市街地を南北に通ずる幅員17.6メートルの歩車道の区別のない平担な直線道路で、その中央に南海電鉄阪堺線の上下二本の軌道が設置されており、幅員約6.1メートルの右右軌道敷部分は敷石が並べられ、その両側の車道部分はアスファルト舗装がなされている。そして、車両の最高速度は時速四〇キロメートルに規制されており、附近に横断歩道はなく、現場から約二〇〇メートル南にはじめて設置されており、当時小雨で、路面は湿つており附近はやや明るい程度であつた。
被告小沢博己は事故車を運転し、本件道路を時速四五ないし五〇キロメートルの速度で南から北に進行して来て事故現場附近にさしかかつたとき、ふと助手席の上に置いてあつた土産物の菓子箱が車の振動で下に落ちかけているのに気がつき、これを直すため前方から眼を離して左手で手許に引き寄せて再び前方を見たとき、進路約12.9メートル先の前記敷石の西端あたりに東から西へ横断歩行中のハツエらを発見したので危険を感じて直ちに急制動をかけたが間に合わず、事故車は約12.6メートル直進して道路西端から約4.5メートル東へ寄つた地点で自車左前部をハツエらに衝突させた後、約三、二メートル前進した位置に停止した。なお当時、現場附近には事故車から見て、先行車、対向車その他ハツエらの発見を困難にする客観的な障害物はなかつた。
他方ハツエは、孫の訴外鳥野敦美(当時三才)および同美知子(当時一才)に人形を買い与えるため美知子を背負い、敦美を右手に引いて自宅を出て本件事故現場道路を東から西へ横断歩行中に前記のとおり事故車に衝突され、約3.8メートル跳ね飛ばされて路上に転倒し、脳挫傷等の重傷を負い翌日死亡するに至つたものである。
以上の認定事実によると本件事故の主要な原因が被告小沢博巳の脇見運転および制限速度違反の過失にあることは明らかであるが、他方、ハツエにも横断歩道の設置されていない道路を横断する者として進行中の車輛に対する細心の注意に欠けていたことが推認される。よつてハツエの右過失を本件損害賠償額の算定にあたつて斟酌することとし、その程度は前記事故の状況、被告小沢博己の過失内容等を考慮し前記損害額(被告らは原告らの請求外の治療費三一、一六〇円を加えた総損害について過失相殺すべきであると主張するが、右金額および過失割合等を考慮し、右治療費は過失相殺の対象とはしない。)から一割を減ずるのが相当である。
したがつて被告らが賠償すべき損害額は、ハツエの逸失利益四、七七一、七二九円、同女の慰藉料九〇〇、〇〇〇円、原告らの葬儀費用各一一二、五〇〇円、原告らの慰藉料各九〇〇、〇〇〇円となる。(本井巽 笠井昇 伊東武是)